犬の平均寿命は延びており、それにともない、認知症になってしまう犬も増えてきています。
犬の認知症においては、夜鳴きや粗相など様々な症状が見られ、ときとして飼い主様を困らせてしまいます。
この記事では、犬の認知症について、
- 原因や症状
- 治療方法
- 自宅でのケア方法
などについて解説しています。
愛犬の認知症でお悩みの方や、これって認知症の症状なの?という飼い主様は、ぜひ読んでみてください。
目次
犬の認知症とは?
犬の認知症とは、高齢期に認知機能がゆるやかに低下していき、その結果として、複数の特徴的な行動障害をみせる症候群です。
加齢に伴って生じる機能障害を上回るレベルで進行することが特徴です。
正式には、認知機能不全症候群(高齢性認知機能不全、CDS:Cognitive Dysfunction Syndrome)といいます。
人のアルツハイマー病に似た脳の不可逆的な変化ですが、病態はいまだに解明されていません。
15~16歳の犬の約68%で認知低下の兆候を示したとの報告があります。
ただ実際は、11歳ごろからその兆候が発現しています。
日本犬系やヨークシャーテリアに多いことが報告されてますが、最近の報告では犬種差は存在しないとされています。
犬の認知症ではどんな症状が出るのか?
高齢性認知機能不全の症状は、
- 見当識障害(Disorientation)
- 社会的相互交流の変化(Interaction)
- 睡眠サイクルの変化(Sleep-wake cycle change)
- トイレのしつけの忘却、学習した行動の変化(Housetraining is forgotten)
- 活動性の変化(Change in action)
- 不安(Anxiety)
があり、英語の頭文字をとって『DISHAA(ディーシャ)の徴候』と呼ばれることもあります。
具体的には、
- 家の中で迷ってしまう
- 徘徊、ウロウロと歩き回る
- 角や壁にぶつかり、動けなくなってしまう
- 飼い主に無関心
- 夜間に起きていて、昼間寝ている(昼夜逆転)
- 夜鳴き、よく吠える
- 排せつの失敗
- 「待て」「おすわり」などのコマンドを忘れる
- 活動性の減少
- 不安行動の増加
といった様々な症状がみられます。
また、ふらついて転んだり、震える、頭を下げている、頭部を背側に反らせるなど、歩行や姿勢の異常がみられることもあります。
転倒は人の高齢者が寝たきりとなる大きな原因であり、犬の場合も骨折や打撲などを引き起こします。
どういった症状が出るのか?は、犬それぞれによって異なりますが、徘徊や夜鳴きは多い傾向にあります。
犬の認知症の診断方法
認知機能不全症候群の症候の確認と、他の疾患の除外することで診断します。
高齢期によくある他の疾患としては、
- 副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)
- 甲状腺機能低下症
- 腎障害からの多尿や高血圧
- 糖尿病による多飲多尿
- せん妄(薬や全身性の病気に起因する意識障害)
- 脳の器質的障害(脳浮腫、脳血管障害など)
- てんかん
- 痛みやかゆみを引き起こす疾患(関節炎、皮膚炎、歯周病など)
- 不安感
などがあり、これらによる症状が認知症と似て見えることもあるので、鑑別が重要です。
また、痛みや不安を抱えており、それを伝えるためにワンワンと吠えていたり、目が見えなくてトイレの場所を失敗していたり、耳が遠くなって大きな声で鳴いている可能性もあり、注意が必要です。
これらの鑑別は、血液検査や尿検査、ホルモンの検査なども必要に応じて行います。
犬の認知症は、DISHAAの認知機能評価シートを用いてセルフチェックができます。▼
実際に撮影することは少ないですが、認知症の犬の脳をMRIで撮影すると、人と同様に大脳新皮質の萎縮や、脳室の拡大などの明らかな変化が認められます。
認知症の治療方法、自宅でのケア方法
犬の認知症は完治ができる病気ではないですが、進行を抑えたり、生活の質をあげることは可能です。
認知症は病気ですので、どんなに飼い主様を困らせる症状であったとしても、怒ることだけはしてはいけません。
「一生懸命やろうとしたのに、結果として失敗してしまった…」
ということがほとんどです。
また、ちょっとしたことをほめてあげることも大切です。
排せつがうまくできた、おもちゃで遊べたなどのときには、ほめてあげるようにしましょう。
では以下で、具体的な認知症の治療法をお伝えいたします。
住環境の改善
認知症の犬の介護としては、住環境を整えてあげることが大切です。
『愛犬に優しい環境にする』ということです。
また同時に、人にとっても快適な空間になることも忘れてはいけません。
- 角や隙間で行きづまてしまう場合には、円形サークルを導入する
- 寝床や食事場、水飲み場やトイレなどは、近くにまとめて、移動を楽にさせてあげる
- ふらつきや転倒が見られる場合は、滑り止め防止や滑りにくい床の材質にする
- 排せつの失敗がある場合には、頻繁にトイレに連れて行ったり、おむつの着用も検討
- 寝返りが難しい場合には、耐圧分散性の高いマットを使用する
- 歩行機能が落ちている場合には、歩行補助具を使用する
- 食事台を使用して首の負担をとる
- 自力で食べるのが難しい場合には、シリンジなどで介助してあげる
- 寝心地の良いペットベッドを用意してあげる
- 階段など段差をなくす
といったことなどです。
爪に付ける天然のゴム製の滑り止めToeGrips®や、足の裏に貼るパッドPAW WING、滑り止めくつしたや靴も有効です。
また、視力が弱い犬には、障害物のない場所を提供してあげましょう。
ただ、大掛かりな家具の位置の変化は、犬にとってストレスとなる可能性もあるので、必要がなければしなくていいです。
散歩や遊びで刺激を与える
散歩やリハビリなどを通して、ストレスの発散をさせてあげることも大切です。
歩けるうちは、運動量の増加によって筋力をつけたり、関節の曲げ伸ばしなどもできるので、無理のない範囲で行いましょう。
転倒してもケガをしないように、芝生などの柔らかい地面を歩かせるか、歩行補助のハーネスで体を支えてあげて散歩をするとよりいいですね。
歩行が困難な場合でも、ドッグカートやドッグスリングに入れ、屋外での刺激を与えてあげましょう。
日光浴は室内でも手軽にでき、骨を丈夫にしたり、セロトニン分泌によるストレス症状の緩和も期待できます。
特に朝日をあびることで昼夜リズムの維持が可能となります。
また、知育玩具を使った遊びも脳の刺激となります。
この際も、うまくできたらほめてあげるといいですね。
毛づくろいをしなくなってしまうことも多いので、ブラッシングを通してのコミュニケーションも大切です。
食事療法
食事は、生きる上での楽しみの一つとなります。
それゆえ、自力で食べられるようなら積極的に食べさせてあげましょう。
抗酸化物質や脳に良いとされる栄養素を含み、高齢期用のバランスの良い食事がいいですね。
オメガ3不飽和脂肪酸(α-リノレン酸、EPAやDHA)やオメガ6不飽和脂肪酸(リノール酸、アラキドン酸)を高濃度に含む栄養補助食品により認知症の改善が見られたという報告もあります。
認知症に効果があると期待させる食事(ピュリナ プロプラン ベテリナリーダイエット ニューロケア)も販売されており、試してみるといいですね。
ただ、なにか持病がある場合には、それにあった療法食が優先されます。
自力で食べることが難しい場合には、シリンジなどに入れて強制給餌をすることになります。
リキッドタイプの栄養食もあるので、主治医の先生に相談してみましょう。
サプリメントや薬
認知症では、抗酸化物質であるビタミン剤やポリフェノール類、認知機能改善が期待されるDHAやEPAといった栄養素の摂取が推奨されます。
製品としては、
- メイベットDC
- アクティベート
- フェルガード100M
- 還元型コエンザイムQ10
などがあります。
ただ、認知機能不全症候群を根治させる薬剤はありません。
あくまでも症状を緩和させるために使用します。
場合によっては、鎮静剤や抗精神病薬、睡眠導入剤を使用することもあります。
嚥下障害がある場合には、座薬として処方されることもあります。
初期は低用量で投与することが多く、あまり効果を感じないこともあります。
その際に自己判断でどんどん増量すると危険なので、一日で投与可能な最大量をあらかじめ教えてもらっておくといいでしょう。
疲れすぎないように…誰かを頼ることも大切
認知機能不全症候群の根治はできないので、症状はゆるやかに進行していきます。
発症時点からの余命は、おおむね半年から1,2年程度といわれています。
その間のお世話は、思っていたより大変なため、飼い主様が疲れ果ててしまうこともよくあります。
そのため動物病院や老犬ホームなどを頼ることも方法の一つです。
また、動物の場合には、安楽死を考えることもあります。
家族や獣医師としっかり話し合いをするようにしましょう。
【まとめ】犬の認知症(認知機能不全症候群)の症状や対策を獣医師が解説!
犬の認知症では、夜鳴きや徘徊など様々な症状が現れます。
完治ができる病気ではないため、環境の改善や薬、サプリメントを用いながら対策していくようになります。
認知症では早期発見と早期の治療が重要です。
愛犬の異変を感じたら、速やかに動物病院を受診するようにしましょう!
【参考資料】
- 辻本元,小山秀一,大草潔,中村篤史,犬の治療ガイド2020,EDUWARD Press,p1101-1104
- 高齢犬の認知機能不全,CLINIC NOTE,197,2021,12月号
- PURINA Institute
- 水越美奈,高齢動物の問題行動を相談されたとき,動物臨床医学28(3)82-87,2019