犬の肥満細胞腫については、情報がたくさんあふれており、また日常の診察でもよく見る病気の一つなのでしっかり解説していきます。
飼い主様にとっては、
- 肥満細胞腫って何?
- 肥満細胞腫って太っているからなるの?
- 悪性なの?治るの?
- 余命は?
など疑問に感じられる方が多いと思います。
今回の記事では、犬の肥満細胞腫について、獣医師のトラまりもが分かりやすく、簡単に解説していきます。
※この記事では、特に断りがない限り「皮膚の肥満細胞腫」を「肥満細胞腫」と表記しています。
目次
犬の肥満細胞腫って何?
そもそも肥満細胞は、全身にある細胞の一つです。
普通に体を構成している細胞の一つなので、みんな持っています。
肥満細胞っていうくらいだから、
「太っていたり、中性脂肪が高い子がなりやすいのかな…」と思われている方も多いですが、肥満とは全く関係ないです。
肥満細胞は、免疫とかアレルギーとかに関係している細胞です。
その肥満細胞が腫瘍化してしまったのが、肥満細胞腫です。
犬では、皮膚にできる腫瘍の中では最も発生頻度が高い腫瘍です(約20%)。
好発犬種
肥満細胞腫は、主に中高齢の犬で生じることが多いです。
また、好発犬種として、
- ボクサー
- ボストンテリア
- パグ
- ゴールデンレトリバー
- ラブラドールレトリバー
などがあげられます。
犬の肥満細胞腫って悪性なの?
はい、全部悪性の腫瘍です。
ただ、予後は各々の肥満細胞腫ごとに全く異なるので、それを評価するのがとても重要です。
ちなみに、猫の皮膚にできた肥満細胞腫は、犬と異なり緩やかな経過をたどることが多いです。
肥満細胞腫ってどうやって診断するの?
通常の診察時に、無麻酔で行える針吸引生検(腫瘍に細い針を刺して、顕微鏡で細胞を見る検査)で大体の診断が付きます。
針吸引生検のみでは診断がつかない場合もあります。
その場合は、麻酔や鎮静剤を打って、より太い針で細胞を取るようになります(コア生検)。
犬の肥満細胞腫は、「肥満細胞腫です」と診断することは比較的簡単な腫瘍ですが、「どんな予後をたどるのか」と予測することは、難しくかつ重要です。
どんな予後をたどるのかの予測によって、治療法が全く異なるからです。
予後を判断していくためには、
- 腫瘍の見た目、大きさ
- 転移の状況(近くのリンパ節や他の臓器に転移していないか)
- 病期の分類
- 組織学的グレード分類
- c-KIT変異
- 細胞増殖マーカー
など、様々なことを総合的に判断する必要があります。
肥満細胞腫ってどんな見た目?
肥満細胞腫は「偉大なる詐欺師」とも言われます。
それくらい様々な見た目をしているので「ちっちゃいから大丈夫!」というわけではありません。
- ぽつっと一つだけあるもの
- ぼつぽつ何個もあるもの
- 硬いもの
- 柔らかいもの
- コリっと境界明瞭なもの
- べたーっとして境界不明瞭なもの
- ぐちゅぐちゅ出血しているもの
などいろいろな見た目をしています。
一般的には、ぐちゅぐちゅしているものや、ぽつぽつ何個もある方が、悪性度が高い傾向にあります。
肥満細胞腫の大きさは?
これもまた「偉大なる詐欺師」ゆえん、肥満細胞腫各々によって異なります。
- 急におっきくなって転移するもの
- 大きくなったと思ったら、小さくなるもの
- あまり大きくならないもの
など様々あります。
一般的には、大きいもの(直径3cm以上)や急に大きくなったものの方が、悪性度が高い傾向にあります。
肥満細胞腫はどこにできた?
同じ皮膚でも、
- 爪床(爪の下とか爪まわり)
- 粘膜部
- 鼠径部
- 陰嚢
などにできた肥満細胞腫は、比較的予後が悪い傾向にあります。
病期(ステージ)の分類
今現在どんな状況にいるのかを判断することは、予後を知るうえで重要です。
病期(ステージ)の分類には、WHO臨床ステージ分類というのが用いられています。(参考:Owen LN.TNM Classification of Tumours in Dmestic Animals.World Health Organization.1980.)
リンパ節や他の臓器に転移しているかどうか、局所浸潤している(腫瘍が根を張っている)かどうかなどで、ステージ0~IVまで分類する方法です。
ステージ0 | 不完全切除された単一腫瘍の組織学的病変。所属リンパ節への転移はない。 |
---|---|
ステージⅠ | 真皮に限局した単一腫瘍。所属リンパ節への転移はない。 |
ステージⅡ | 真皮に限局した単一腫瘍。所属リンパ節への転移あり。 |
ステージⅢ | 多発性皮膚腫瘍あるいは大型浸潤性腫瘍。所属リンパ節転移の有無は考慮しない。 |
ステージⅣ | 全ての遠隔転移または転移を伴う再発腫瘍(末梢血または骨髄浸潤を含む) |
サブステージ | a:全身症状なし b:全身症状あり |
これを判断するために、どんな検査をするのかというと、
- リンパ節の針吸引生検
- 血液中の肥満細胞の評価
- 骨髄検査
- 脾臓や肝臓の超音波(針吸引生検含む)
- 胸のレントゲン
などを行います。
一般的には、ステージが上がるほど予後が悪い傾向にはあるが、例外も多く、ステージの分類だけで予後判定をすることはできません。
リンパ節の転移
針吸引生検によって、術前にリンパ節転移があるのかどうか、ある程度予測を立てる必要があります。
転移が少しでも疑われる場合は、可能な限りリンパ節の切除も行い、病理組織検査に出します。
リンパ節への転移はHN分類というのでなされています。(参考:Weishaar KM.Thamm DH,Worley DR.Kamstock DA.Correlation of nodal mast cells with clinical outcome in dogs with mast cell node metastasis.J Comp Pathol 151(4)2014.329-338)
一般的には、転移をしていない方が予後は良好です。
ただし、リンパ節転移があるからといって必ずしも予後不良であるというわけではありません。
組織学的グレード分類(悪性度の評価)
犬の肥満細胞腫では組織学的グレード分類(悪性度の評価)が、最も信頼できる重要な予後判定因子となります。
最近では、犬の皮膚肥満細胞腫の組織学的グレード分類は、Kiupel分類という分類を用いることが多いです。(参考:Kiupel M.Mast cell tumors.IN:Meuten DJ. ed.Tumors in domestic animals.5th edition.Wiley-Blackwell.2016.176-202)
このKiupel分類は、細胞内の核の個数や異常などによって判断し、High gradeとLow gradeに分ける方法です。
ほとんどの症例がLow gradeに分類され、良性に近い経過をたどります(外科手術のみ、もしくは適切な局所療法で完治する)。
【生存期間中央値】Low grade…2年以上 High grade…4か月以下
ただし、Low gradeであっても転移をする可能性があり、High gradeであっても手術のみで長期間生存することもあるので、組織学的グレード分類のみで予後判定をすることはできません。
摘出腫瘍、リンパ節の病理組織検査
手術で取った腫瘍を「病理組織検査」というのに出すと、より詳しい診断ができます。
c-KIT変異
細胞増殖マーカー
細胞の増殖に関わる因子を検出する方法です。
国内ではまだ一般的な方法ではないです。
総合判断が重要である
肥満細胞腫の予後診断は、一つの検査のみから行うわけではなく、いろんな検査を総合的に考えて判断していくことが重要です。
一般的には、
- 悪性度が低い
- リンパ節や他の臓器に転移していない
- 大きさが数年変わらない
- 再発がない
- 小さい腫瘍
- c-KIT変異がない
などが予後が良い(外科手術のみや、適切な局所療法で根治する)ことが多いです。
肥満細胞腫ってどうやって治療するの?
手術(+放射線)で行います。
肥満細胞腫は転移をしなければ、外科手術単独で根治しうる腫瘍です。
ほとんどの症例が、外科的切除のみで良好な転帰をたどります。
しかし、
- 転移している
- 悪性度が高い
- マージン(摘出した部分の縁)が十分でない場合で、放射線ができない
- 事情により手術や放射線ができない
- 腫瘍がたくさんある
場合などは、抗がん剤を用いて治療するときもあります。
マージンって何?
左の図は、緑の丸(腫瘍そのもの)の周りにある赤い丸(目には見えないけど存在する腫瘍)を含めて、黒線(切除部位)で取り切っています。
この状態では、「マージンが十分」なので完全に腫瘍が切除されています。
一方右の図は、緑の丸(腫瘍そのもの)を取り切ってはいますが、黒線(切除部位)から赤い丸がはみ出している状態です。
この状態は、「マージンが不十分」と言え、腫瘍が手術にて取り切れなかったことになります。
腫瘍のできた場所にもよるので、一概にどれくらいマージンをとればいいのかというのは難しいですが、可能な限りマージンを広くとる手術が重要です。
抗がん剤
上述のような場合には、肥満細胞腫でも抗がん剤を使用することがあります。
抗がん剤単独で(外科手術なしで)完治したり、長期間の寛解を得ることは難しいですが、臨床症状の緩和をすることはできます。
抗がん剤によって一見腫瘍が小さくなったように感じても、その期間は一時的なものです。
犬の肥満細胞腫に対する化学療法としては、
- ビンブラスチン
- ロムスチン
- ビンブラスチンとロムスチン
- ビンブラスチンとプレドニゾロン
- ロムスチンとプレドニゾロン
- ビンブラスチンとシクロフォスファミドとプレドニゾロン
などの抗がん剤を使って行います。
また、犬の肥満細胞腫はプレドニゾロン単独でも効果がみられることがあります。
外科手術の前に、腫瘍をできるだけ小さくする目的で抗がん剤や分子標的薬を使う時もあります。
分子標的薬
分子標的薬は、特定の分子を標的としているので、攻撃対象を限定でき、高い治療効果と低い副作用が特徴です。
犬の肥満細胞腫の場合、
- イマチニブ
- マシチニブ
- トセラニブ
という分子標的薬が用いられます。
肥満細胞腫内のKIT遺伝子(c-KIT)に変異があると、この分子標的薬が効果を示すと言われています。
このc-KITに変異があると、異常なKIT(細胞の増殖や分化を促す作用を有するタンパク)が作られ、腫瘍化した肥満細胞がどんどん増えてしまいます。
逆を言うと、c-KITに変異がなければ、分子標的薬の効果は期待できないということです。
この分子標的薬は、難点が一つあって「高価」ということです。
ただ、c-KITに変異があるかどうかは、前もって検査ができます。
投与の前に、あらかじめc-KITに変異があるかどうか調べておくことは、重要だと思われます。
分子標的薬は、
- マージン確保が困難な部位に、外科手術の補助として
- マージン確保が困難な部位に、術前に腫瘍を小さくするために
- 腫瘍がたくさんある
- いろんな臓器に転移している
- 悪性度が高い
ときなどに、外科手術など他の治療と併用して用いることがあります。
イマチニブ
人の慢性骨髄性白血病の治療薬です。
犬の肥満細胞腫にも効果があり、トセラニブと比べて副作用の発現頻度は低いです。
マシチニブ
現在、承認が取り消しとなっているため、日本では使われていません。
トセラニブ
動物用医薬品として認可された分子標的薬です。
イマチニブやマシチニブよりも標的とする分子が多い(攻撃できる対象が多い)ですが、その分副作用が出やすい薬です。
放射線治療
放射線治療を単独で行うことはなく、外科手術と併用して行います。
- マージンを確保できないと予測される場合、術前に
- マージンが確保できなかった場合の術後
などに行うことがあります。
ただ、
- 放射線治療をできる施設は限られていること
- 全身麻酔が毎回必要なこと
- 治療費が高価
などの理由から選択されない飼い主様も多いです。
その他治療
肥満細胞腫が放出するヒスタミンやヘパリンによって、胃十二指腸潰瘍や低血圧性ショック(以下に記載)となることがあるので、抗ヒスタミン薬や粘膜保護剤、制酸剤を投与します。
なぜ肥満細胞腫で死んじゃうの?
転移による臓器不全で亡くなるよりも、
腫瘍細胞中のヒスタミンやヘパリンなどが大量に出ることにより亡くなることが多いです。
腫瘍や転移した先の腫瘍がヒスタミンやヘパリンを出すと、
- 胃十二指腸潰瘍
- 腫瘍周囲が浮腫ったり、赤くなったり、内出血したり
- 血圧低下
- 嘔吐や吐血
- 黒色便
- 食欲不振
といった症状が出ることがあります。
犬が肥満細胞腫にならないためには?
肥満細胞腫は「腫瘍の見た目」だけ判断はできません。
皮膚に何かできものができた時には、早めに獣医さんに相談することが肥満細胞腫の予防となります。
早期発見、早期治療を!